弓使いと言葉と桜のお話.
3月も終わりに近づきました。
今は、桜が、満開、春爛漫。ですね。
24、25日に、福岡へ行ってきました。
お世話になったヴァイオリン工房のお礼参りをかね、
9月のに予定している演奏会場の挨拶回りを兼ね、
ミニコンサートをかね、
と言う、多忙なスケジュールでしたが、
いつもは、ツアーで、演奏して回るのが
いっぱいいっぱいな場所も、
今回は演奏は、1カ所でのみだったため、ゆっくり回れたり、
いつもよりは、のんびりしてたかな.
福岡の演奏で、いつもお世話になる方に、
山王公園というところに、連れて行っていただきましたが、
福岡は、この日が、満開。
とっても、美しかった。
で、それを、facebookに、アップしたところ、
携帯に、電話が、、、、。
何かと思って、電話を取ると、
福岡在住の、福岡の演奏時には、
いつも、聴きに来て下さる、二胡奏者の方から、でした。
『今から、僕も、山王公園近くなんで、よります!』
と言う、有り難い電話でしたが、
時既に遅し.苦笑
その時には、既に別の場所に移っており、
残念ながら、お会い出来ませんでしたが、
わざわざ、お電話くださった、お心に感謝するとともに、
フェイスブックの面白さを、改めて感じたのでした。
9月は、箱崎神宮で行われる、放生会での、
箱崎ジャズストリート、での演奏も、ほぼ、決まり、
良き福岡の旅でした。
さて、
唐突に、弓のお話ですが、笑
レッスンで、
弓使いについてを
注意する時に、
弓の量、ということが挙げられます。
弓の量というのは、
意識するしない、以前に、
弓が弦にしっかり乗ってない場合、
つまりは、摩擦がしっかり起きていない場合には、
意識しても、使用量を増やさねば、音量が出ない、
という悪循環に陥ります。
ですから、
使う量というのは、
単なる使用量というだけでなく、
ひいては、弓がしっかり、弦に吸い付いた状態になっているか、
ということでもある訳です。
それ故、ワンボーイング内に、音数が多く入っている場合や、
移弦が多い状態でのスラーは、
そういった、弓がしっかり弦に吸い付いた状態をつくれる、テクニックが無ければ、
必要以上に、弓を使ってしまい、
弓の使用量を、考えるほど、
ワンボーイングで収まらなかったり、
音質が悪くなったり、音量が極端に小さくなったり、
ということが、起こる訳です。
ということからも、分かるように、
ある部分は、必ず、どこかに繋がっています。
特に、この、
脱力して、力ではなく、重さを弦にのせる感覚、
というのは、
ほぼ、全ての弓使いに、一貫して言えることだと思いますが、
一番、難解なことかもしれませんね.
一つの部分を取り出してする練習が、
大切といった矢先に、
全ては、繋がっている、
ということで、何のことやら、
という感じですが、苦笑
いつも思うのは、
言葉というのは、常に、
あるもの、事象の、断片的な部分を、表現するものに、過ぎない、
ということです。
ですから、それらを自分の中で置き換え、網羅して、初めて、
全体を見渡したり、理解したりすることが、そこから、また、部分部分を
理解することが、出来るのだと、思います。
つかみ所の無い、はかなく、
それで居て、絶対的に、そこにあって、確固たるもの.
桜のような、お話でした.